森清勇氏。熊本県山鹿市出身。元星槎大学非常勤講師。1962年防衛大学校卒業(第6期)、陸上自衛隊入隊。1968年京都大学大学院修士課程(核融合専攻)修了。1975年アメリカ陸軍武器学校幹部上級課程修了。1979年陸上自衛隊幹部学校技術高級課程修了、第3高射特科群第104高射直接支援隊長。1990年東北方面武器隊長。1992年北海道地区補給処副処長。1994年(平成6年)退職勧奨(陸将補に特別昇任)。2011年春の叙勲において瑞宝小綬章を受章。退官後は日本製鋼所顧問を10年間務めた後、2010年3月までの5年間、全国防衛協会連合会事務局にて機関紙「防衛協会会報」の編集に携わる。現在『日本ビジネスプレス』に寄稿をおこなっている。
序
令和8年5月17日(日)、樋口俊明氏の「感謝の集い」に招待され、講演というほどのものではなかったが時間を頂き、ご本人が活動の原点とされているお考えに私の考察を織り込んで話をする機会を得た。数行のメモを本に話したが、後日「原稿でも頂ければ有難い」と数名の方からお聞きした。当日は限られた時間で、十分に意のあるところが話せなかった面もあるので、文章にする機会に補備して敷衍した。
(なお講演で語ったわけではないが、話の前提となる樋口氏について一寸だけ書いた方が分かり易いかと思う。氏は合同会社若水の代表取締役で、社業の他に日本の国柄を守りたい一心から何ものにも恐れず発言され、皇位継承や夫婦別姓、国旗損傷問題などに大きな関心を抱いておられる。そのためには日本の独立と安定が欠かせず、軍隊の保持とそれを明示した憲法が必要だとして、私財を投じて勉強会を開き、地域の放送局に出演し、また憲法改正を訴える街頭宣伝などの行動も率先して行っておられる。国家基本問題研究所(国基研)の会員で、地元での講演会、中でも自民党代議士の講演では必ず質問に立ち、「立党の趣旨は憲法改正ではなかったか。いつ達成するというのか」と詰問される姿は温厚な中にも国士然たる人物を彷彿とさせる。本「感謝の集い」自体が傘寿になった機会を活用して、日本が置かれている国際環境と、自身の日本という国家に対する思いを友人に知ってもらい、お互いに力を合わせて明日の日本を守り抜こうではないかといった趣旨で開催されたものだと理解しています)
当日は樋口氏の「大好きな国、大嫌いな国」というテーマに基づく話に続いて、筆者と同じ時間で参加者の一人から日本を特徴づける「山」について、神話との関わりの中で話された。その後、筆者が指名され演壇に立った。以下がその概要である。【令和8年5月17日実施(まとめ5月29日)(補備5月30日)】
本論
案内状にはチャップリンの名言が同封されていました。
”There’s something just as inevitable as death. And that’s life.”(私たちには 死と同じように避けられないものがある それは生きることだ)。
死(に至る過程はいろいろあろうが相対的に)は一瞬でしょう。これに対して「生きること」、すなわちlifeは非常に長い。しからば、このlifeをいかに生きるかが一番の問題です。私はアメリカに留学していた時、可能な限り全米を飛び歩こうと思って土日は学校が計画する以外の都市に出かけました。そして、とある古びた裏町の骨董店らしきところで掛け物(置物)を見つけました。そこには
”Count your life, by smiles not tears. Count your age, by friends not years.” と書かれていました。意訳すれば「涙でなく笑いの人生を送ろう。また年齢は過ぎた年月でなく友達の多さで数えよう」でしょうか。
本日の集いには樋口氏の多く(約70名)の友人がお集まりです。Count your age by friends の英詩に鑑みますれば、これほど素晴らしい人生はないのではないでしょうか。
さて氏は招待状で愚想家と卑下されています。その愚想は発刊されているタペストリーカレンダーに明記されており、①自主憲法の制定 ②新日英同盟の締結 ③地下国土の実現の3点です。
今は時代の変わり目、歴史の転換点です。先日(5月14・15日)北京で行われた米中首脳会談で、中国の習近平主席が語ったように100年に一度の変革期です。こういう時には従来の考えに囚われない大胆な発想が必要です。当人は愚想と称し、世の識者は妄想というかもしれませんが、奇想天外な発想が必要です。そして後に、もちろん当人には分かるはずもありえませんが先見の明として賞賛され歴史に刻まれます。
アリストテレスの天動説が広く信じられていた時に、コペルニクスは地動説を唱え狂人扱いされました。日本の近代史では、250年以上も続いてきた徳川幕府が米国のペリー提督が率いた黒船で騒然としました。そこに尊皇や海防を唱えて現れたのが佐久間象山です。属していた松代藩の思惑を乗り越え、日本全体の存続・安泰を考えようとするものです。その思想を受け継いだのが吉田松蔭であり高杉晋作らです。幕府方に居りながら象山の思想に同調したのが勝海舟です(妹を象山に嫁がせます)。
海舟は象山の遺書に「春に先立つ花は霜にやられ、時代に先立つ思想は危難に遭遇する」旨の序文を寄せています。象山も松蔭も刃に倒れました。今はそうした時代ではなくなりましたが、未だ愚想と自虐せざるを得ないのは確かでしょう。
まず「自主憲法の制定」です。
今のままでは憲法9条に由来して、自衛隊は多く(約20)の国内法によって雁字搦めで、保有する戦力を存分に発揮することができません。日本を攻撃する外国は戦時国際法で戦いますが、軍隊でない自衛隊は国内法で戦わざるを得ないからです。攻めてくる相手は「XXはしてはいけない」の制約だけなので、人道に悖るなどの僅かな制約のほかはほとんど無制限です。これに対して反撃したい自衛隊は「〇〇はしてよい」と列挙して許された以外のことはやってはいけない。相手の無制限に対してこちらは有制限では手足を縛られたまま戦えと言われているのと同然です。
日本は核兵器保有国に囲まれています。ロシアはいうまでもないが、これから10年内で中国は1000発、北朝鮮も290発の核兵器を持つと予測されております。その中には大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射弾道弾(SLBM)も相当数含まれています。こうなると、日本に差し伸べられている米国の「拡大」核抑止力が米国だけの核抑止力にならないとも限りません。
中朝から発射されるICBMで西海岸のサンフランシスコなどばかりでなく東海岸のワシントンやニューヨークも射程に入ります。中朝はさらに確実を期すために米大陸の沿海部まで潜航した潜水艦からSLBMを発射することも可能となります。こうなると自国の犠牲者は10万人単位どころか、100万人、1000万人単位となり、他国防衛どころではなくなる蓋然性が高くなるからです。
ここで思い出されるのが、初代大統領のジョージ・ワシントンが語ったとされる「他国の純粋な行為を期待するほどの愚はない」という言葉です。現在のトランプ大統領の言説も揺らぎに揺らぎ、どこまで信じていいかなかなか分からないのが真実ではないでしょうか。米国の行動はいろんなところでワシントン大統領の言葉を裏書きしてきたようにも思えます。ベトナム戦争やアフガニスタン戦争などにおいて、自国が不利になれば、あっという間に撤退しています。大統領がいくら日本防衛を語っても、日米安保の地位協定にしても、日本の施政権があって初めて機能します。米国がある時点で尖閣諸島に日本の施政権が及んでいない(北方四島や竹島はすでにこの状態か)と判断すれば条約(地位協定)は機能しないし、また日本同様に米国にも米国憲法と議会の縛りがあり、大統領が全能でないことは言うまでもありません。
周辺国の核兵器について述べましたが、周辺国は普段の行動においても国際法などを無視する常習犯です。普段から備えの無い(自衛隊の訓練や兵器装備ばかりでなく、国民的また国家的に戦争についての教育や国民保護のシェルターなど)日本です。自主憲法を制定して、国柄を明確にし、国民全体で国家を防衛することを謳う必要が今ほど緊要な時はないでしょう。
もっと言えば、今日の日本国憲法は米国製で、根本的には日本の国柄を消滅(天皇制度や家族制度の崩壊など)させ、国家の弱体化を目論んだものです。それが今日の混乱(拉致問題の未解決や核家族による少子高齢化など)の大きな要因でもあります。さらに付言するならば、北朝鮮に拉致された日本人を救出する行動のイニシアティブが取れないのは、外交を裏付ける力、すなわち軍事力の欠落が大きく影響してきたことは言うまでもないでしょう。かつて池田勇人首相が軍事力があれば10倍も外交力が上がっただろうと嘆いたと言われます。
今こそ日本は「自国の安全」について、真剣に考えるべき時です。憲法9条があるからいいやといった安易な思考停止は許されない国際環境の中にあります。従って憲法は9条の改正だけでなく、前文から始まる自主憲法の制定が必要です。
次いで「新日英同盟の締結」です。
日本と英国は共和制でないだけでなく、長い歴史の中で地方に有力な豪族が割拠した封建制を経験して君主制を作り上げ、権威と権力を分担する二重構造を基本としています。従って、時代に対処する政治システムが変わっても、国柄が大きく変わることはありません。
日露戦争の勝利に貢献したのは日英同盟でした。旅順艦隊は日本軍が旅順港内に閉塞しましたが、バルチック艦隊が戦力を温存したまま到着していたならば勝利に大きな影響を及ぼしたはずです。実際は日英同盟によって航路の諸所において兵士の休養や食糧・燃料の補給などが制約され、戦場に到着した時点では疲弊の極にあったとも言われます。この日英同盟を破棄するように動いたのが覇権を目指していた米国です。同盟破棄後は日米対立→大東亜戦争→敗戦→日米同盟で今日に至っています。
戦後の日本は塗炭の苦しみから立ち直ることが最大の目標で、形而下の豊かさを追求する一方で防衛を米国に依存してきました。そのために形而上の国家主権をかなり放棄せざるを得ませんでした。在日米軍は訓練するに当たって日本(政府)の許可を必要としない。また同軍及び軍人に関わる事故・事件なども日本側に調査権がない(参考までに、ドイツやイタリアに駐留する米軍は、当該国の主権の下にあり、訓練にあたっては許可・承認が必要、また米軍機の事故でも自国側に調査権がある)。
羽田空港を離陸する航空機が急上昇して東京湾に出、また着陸にあたって南の伊豆大島から房総半島を迂回するのは、米軍が駐留する横田・厚木基地上空に米軍が管制する横田空域(東京の西側3分の2を含み、神奈川・埼玉・群馬(ほぼ全域)、栃木・新潟・長野・山梨・静岡(一部)に跨る)が設定されているからである。米軍が駐留する三沢(青森県)、岩国(広島県)、嘉手納・普天間(沖縄県)の基地上空にも米軍管制の空域が設定されています。
2022年の東京オリンピック開催に当たって、横田空域は幾分緩和され都心上空から着陸する便も見るようになりましたが依然として存在することに変わりはありません。なお、米国大統領や国務長官などが訪日するに当たって、羽田国際空港でなく横田基地から入国することがありますが、安全や簡略化などの考慮があるとしても、日本の主権の観点からは問題です。
最後は「地下国土の実現」です。先述したように日本周辺は核を保有する国家に囲まれています。しかも、日本に嫌がらせをしたり、日本人を拉致したり、また戦後のどさくさに紛れて領土を不法占拠したりする国家です。かつては米国の力が抜きん出て、世界の警察官に歯向かうことなどできるはずもありませんでした。日本はその庇護下にあってせっせと経済力をつけ、長い間GDPは米国に次いで世界第2位を占めていました。ところが、第3世界とか中低開発国などと称されていた中国やインドがWTO(世界貿易機構)を上手に活用して経済力をつけてきました。GDP で日本は中国に抜かれ、次いでドイツに抜かれた。間も無くインドにも越される見込みです。しかも中国、インドは人口も圧倒しています。中国のGDPは米国の3分の2に迫ろうとしており、トランプ大統領は中国をG2と呼ぶほどです。トランプの目にはG7は霞んで見える程度で、G2の方が明瞭に映し出されているようです。
こうなってくると、過去の歴史に鑑みても、米中がしばしば近づいたように、米国の大樹も揺らぎ始めたわけで、以前のように日本は安心ばかりはして居れません。ロシアに対するチェコやフィンランド、北朝鮮に対する韓国のように、今や日本はフロント国家です。複数の核兵器保有国に囲まれているという点では欧州よりも安全保障環境は深刻であると言っても過言ではありません。
フロント国家はいずれも核兵器(同時に最悪状況として生物兵器や化学兵器対処も念頭にある、近年は電磁波考慮も必要))対策として、国民の相当数を安全にカバーできるように地下シェルター(基本的に数日間の生活ができる発電、空気清浄機、寝具、飲食物、医療・衛生用品等を完備)を確保しています。因みに、チェコの首都プラハは15万人に約800ヶ所、フィンランドでは3日間86%をカバー、韓国は数時間ながら330%のカバー率とされます。
日本では高市早苗政権が令和8年3月31日、令和12年までに人口カバー率100%を目標にすると閣議決定しました。しかし、令和6年3月時点における笹川平和財団報告によると、スイス107%、イスラエル100%、米国82%、ロシア72%などに対し日本は0.02%です。日本でシェルターと称される「緊急一時避難施設」(弾道ミサイルの爆風被害の軽減を目的にコンクリート造りの頑丈な施設)は5万6173ヵ所指定されていますが学校や役所の庁舎がほとんどで、地下施設は3336ヵ所でしかありません(昨年4月時点では夫々61000ヵ所、4000ヵ所)。また、広義の避難施設は9万7974ヵ所ですが大半は運動場など防護壁にない地上施設です。政府の言う100%ははっきり言って意味不明です。ともあれ、現在指定されている施設の9割以上が地上施設であり、核に対してどれだけ有効か、また何時間、あるいは何日を目指すのかなど明確ではありません。
八王子には幸にして幾つかの地下壕があります。高尾地区の浅川地下壕は10kmあるし、その他に小比企町や高月町などにも地下壕があります。また、JR八王子駅と京王八王子駅間は陸路でしか通じていません。この間(500mはあろうか)を地下で連絡し、シェルターを兼ねた地下都市にするのは如何でしょうか。
本日は市会議員もお出になっています。中核都市といっても人口や官庁の出先機関の多さだけで指定されてもあまり意味がありません。況してや非核平和宣言などしても対策を何一つ講じていないのでは意味がないし羊頭狗肉です。寧ろ、積極的にシェルターとして機能する地下都市の開発を行い、国民保護に基づく訓練を定期的に行い、その上で「住民保護・避難訓練・地下シェルター完備都市」の看板を掲げるのがいいのではないでしょうか。
ここで問題となるのが電源です。石炭・石油といった化石燃料はいつの時代も可採期間、あるいは埋蔵量30年と言われてきました。これは、費用対効果で技術的に見通せるのが30年でしかないと言うことですが、採算度外視だともっと埋蔵量は増えます。しかしいずれにしろそんなに長い期間ではない有限です。今日では温暖化の原因として嫌悪されてもいます。原発は温暖化の原因にはならないし、発電能力も大きいが、高レベル放射性廃棄物を生み出し、処理が難解で何百年も何千年も人間の活動を拘束します。また立地的には水が多量に使える場所が必要です。自然エネルギーは天候・気象に左右され、安定電源たり得ません。いずれも地上や海上などに設置され露出しており、攻撃等の被害を受ければ万事休すです。
このように考えると、地下のシェルター内で発電する小型で空気も汚染しない自己完結型が望ましい。この要求を満たすのは核融合発電しか考えられません。10畳、広くても30畳くらいの部屋に格納できますし、断水しても暴走することがありません。燃料は重水素と三重水素(ともの水素の同位元素)で海水から無限に採取できます。筆者は大学院時代に核融合を専攻しました。1960年代後半のことで、核融合の研究開発が始まって10年ばかり経った頃です。理論が固まり、装置を作った実験が始まっていました。80年代の実現を目指していましたが、核融合反応を持続させるだけのプラズマ(固体・液体・気体に次ぐ、原子が原子核と電子に分離した第4の状態)の加熱(1~10億度)と閉じ込めが上手く行かず大幅に遅れました。現在はそうした問題をクリアして、実用炉(発電可能)が20年後の2040年代に見込まれる状況です。(余談になりますが、大学院時代は全学連活動の最盛期で修学の日常は阻害され、核融合反応実験は夕刻から深夜に行い帰宅は明け方でした。また在校時の1967年に日本学術会議が「大学での軍事研究忌避」の通達を出し、自衛官であった私たちは追放されました。爾後、自衛官院生は防衛大学校に研究科(修士・博士課程)ができるまでは外国の大学に留学します)。
因みに水素1グラムで石炭20トン相当のエネルギーを発生します。ウラン1gは石炭2.5t相当ですから 核融合発電では原発の8倍のエネルギーを得ることができます。
終わりに
戦後100年は20年後です。今後の20年間で愚想家の案を実現するか否かは日本の生死に直結しているように思えます。明治維新がなければ今日の日本はなかったでしょうし、愚想家案の実現がなければ明日の日本がなくなるかも知れない国際環境です。
中核都市を誇るためにも核融合発電施設を導入する前提の地下都市の実現を目指し、「自己完結型シェルター完備都市」宣言を掲げてはどうでしょうか。


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